母とは10センチほどの身長差があったので母の着物を着るときは御端折りが短かかったのだが、ある時からどうせ娘が着るのだからと思ったのか、母が着物の寸法を私に合わせてくれるようになった。母がなくなって着物も帯も私の箪笥に納まっているが膝を悪くしてなかなか着る機会がなくなっている。畳紙に書かれた母の文字を目にするたびに袖を通さねばと思う。
岡崎市・東三河・浜松市は家康公が青壮年期を過ごした地域であり、彼にまつわるスポットが数多く点在する。そのため県や市町村の垣根を越えて「三河・遠州 家康街道」と名付け、これらの魅力を繋げてゆく「家康街道で地域の魅力をつなげるプロジェクト推進委員会」が発足した。