伊賀八幡宮

住所:岡崎市伊賀町東郷中86
 松平家(徳川家の祖)の4代親忠は、文明2年(1470)に氏神として伊賀八幡宮を現在の三重県伊賀から勧請し、松平家の守護神として創建した。5年後に氏寺(菩提寺)として創建の大樹寺と共に、江戸時代にわたっても将軍家の厚い崇敬をうけた。家康公も、大きな合戦の時には必ず参詣したといわれ、徳川家の武運長久・子孫繁栄の守護神とされている。後に3代将軍家光が境内整備し、家康公(東照大権現)を祀った。
本殿・隨神門・神橋など、ほとんどが国の重要文化財。




随神門、右手前は神橋で共に重要文化財。

<随神門>
神域の守り神、随神様が門の両側に配置されている。
<神橋>
蓮池にかかる石橋。寛永13年(1636)境内が整備された際、架けられた。


<本堂(重要文化財)>

慶長16年(1611)、家康公によって造営された。権現造りの本殿は入母屋造が普通だが、伊賀八幡宮は流造りになっている珍しい建物。


<御供所(重要文化財)>
神様のお供物を調整したり、物を置いたりして、使用。
社殿以外の建造物で古いものが残っているのは伊賀八幡宮を含め数社だけ。

   
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