雁は鶯や時鳥同様「声の鳥」と言われ、古来季節を知らせる鳥とされてきた。「雁が音(かりがね)」とも呼ばれるのは姿より声を愛でる証ともいわれる。雁の初音が初雁、「ガーン、ガーン」とか「カリカリ」と聞きなしそれが名前の由来ともいわれる。「雁がねの竿に成る時猶さびし(去来)」鉤になり竿になりして夕方の空を渡ってくる。
朝顔の種が茶色く乾いて気づいたら零れだしている。これを来年用に集めておいたものだった。その頃は実家からは海が見えた。秋も深まると海の色がだんだん濃くなり深まりゆく秋を実感した。今年は友人が江戸朝顔の苗をくれたので一株植えたところ小ぶりの空色の朝顔が咲き、小指の爪ほどの実をつけている。殻が茶色になったら種をとってキャラメルの空き箱に入れて姪のところの子供にわけてやる約束をしている。
中学からの夫の友人が宅配便で新米を届けてくれる。今時だから宅配業者の用紙に印字されたものが袋に貼られている。便利な宅配などなかった頃はコメ袋に直接宛名と住所をでかでかと書いて紐で縛られたものが届いていた。勢いよく書かれた文字は見ているだけで自信作の米だといっているようで気持ちがよかった。
今年は雨不足に加えて猛暑の追い打ちで米や野菜全般において作柄が芳しくないと聞いた。新米が取れ始めると米の値段が安定するかと期待したがこの調子だと高値安定のままになりそうだ。去年に比べて何でも物が高くなったので米だけ安くというわけにはいかないだろう。コメ農家も生計が立つようにしなければ本当に米を作ってくれる農家が衰退してしまうと思うこの頃だ。
手間暇のかかる松の手入れだが、盆栽仕立ての松の人気は若い人や外国の人にも人気があるようだ。ネットで検索すれば月別の主な作業や、針金掛けのポイントなども調べることができる。新芽を摘んだり古い葉を落としたり育てる楽しみを味わうことができるのが盆栽のよさなのだろう。今日も首筋に汗を滲ませ趣味の盆栽に没頭している方が周りにも……
富士五湖、三方五湖、知床五湖など風光明媚な所と言われるところには必ず名前の付いた有名な湖がある。たとえば、福井県美浜町と若狭町にまたがる三方五湖の場合は五湖と海のダイナミックな景観が楽しめるし、知床五湖は知床連山を背景に原生林の中の五湖をめぐることができます。「水の秋」は水の美しい秋をたたえていう季語です。
「花野」と聞くと、以前、合唱で歌った「風」の歌詞 「遠きもの まづ揺れて つぎつぎに 目に揺れて 揺れ来るもの 風なりと思ふ間もなし 我いよよ揺られはじめぬ」 …という北原白秋の詩が思い出されます。柴田南雄のすばらしい曲もあいまって目に見えない風を言葉で感じることができた、その新鮮な驚きが今でも鮮明によみがえります。
鬼やんまを模したスズメバチ対策グッズが売られている。あの恐ろしいスズメバチさえ怯む鬼やんまより少し小さいが、体を水平に保ったまま翅をぶるんと振るさまはとても恰好がよい。翅の筋が銀線のように見え日差しを跳ね返しているように見える。とんぼの一世代の所要年数は短くて約半年、長ければ数年、昔蜻蛉は7年を要するそうだ。
日本では棚を作って葡萄の蔓を這わせる栽培法をよく目にする。近くの葡萄農園もおおかたこの栽培方法で、葡萄狩りのシーズンには葡萄棚の下にバーベキュー施設や子供が遊べる遊具を設けて訪れる人を楽しませている。一本の木が張り巡らせる蔓は枝の比ではない。凄まじいほどの生命力をもつ幹が実らせた黒葡萄、ずしりとした房の重みが手に伝わります。
灯籠流しとは、盂蘭盆会の最後の日の夕方、大きな精霊舟や多数の灯篭を川や海に流し,精霊を送る行事のこと。だんだん記憶が曖昧になるが親戚の者がなくなったとき、やはり提灯やお供物を載せた精霊舟を仕立てて浜から流していた。風や波に押し返され、いっこうに進まない舟をいつまでも見ていた。
星祭は七夕のこと。今では新暦の7月7日に笹竹を飾ったり行事を執り行うが本来は旧暦の8月7日。「七夕」と書いて(たなばた)と読むのは「棚機」に由来するという説があるとか。織姫と彦星(牽牛と織女)が年に一度会える日、昔々、願い事をたくさん書いた笹竹を軒先に飾ってもらったものだった。
一般に芙蓉は朝、薄紅色に開いて夕方にはしぼむが、園芸種の酔芙蓉は朝は白いが午後になると紅を帯び次第に酔いが進むように色が深まっていく。 ゆえに、「呪ふ人は好きな人なり酔芙蓉 長谷川かな女」のような例句も散見される。純粋に酔芙蓉という花に向き合って詠まれた句としては「白といふはじめの色や酔芙蓉 鷹羽狩行」「暮れてなほ空のみづいろ酔芙蓉」がある。酔芙蓉という名前にもたれかからない詠み方を心掛けたい。
百日紅と書いて(さるすべり)、(ひゃくじつこう)とも言う。真夏にちりめん状の花が群がって咲く様子はめらめら燃えているように見える。花の時期が長いため原産の中国では(ひゃくじつこう)という名前になったらしいが、日本ではその幹が滑らかで猿も滑り落ちる(?)というので猿滑(さるすべり)となづけられたそうである。名前の由来が分かれば(さるすべり)もなるほどと思えるが、花の様子からすると(ひゃくじつこう)の方がぴったりするような気がする。
地震や風水害で各地のお城の石垣も崩れたり修復を余儀なくされる個所がふえてきたようだ。一つ一つの石に番号や印をつけ補強を加えながら元の石組に戻す苦労というのは並大抵なことではないだろう。城郭の石垣にはそれを担当した大名の刻印もあるとのこと。それを見つけるのも石垣を見る楽しみだと石垣大好きという高橋英樹さんが話していた。そういえば、信玄の国造りの理念は「城は人、人は石垣、人は堀、情けは味方。あだは敵なり」で、国全体が城であり人の和こそまさに山河の険しさに匹敵するとし、生涯敵に甲斐の地を踏ませることはなかったとか。
夏休みになると、コミュニセンターにある自習室が併用の図書室は朝から勉強する子供たちですぐにテーブルがうまる。邪魔にならないようにそっと次に借りる本を選び帰るころには蝉の声も最高潮に。この春新しく交番が新設され、周りの木が少し減った気がしたが、道一本隔てた神社の杜からはクマゼミの声がにぎやかだった。
オトシブミという体長3~10ミリの甲虫が栗,櫟(くぬぎ)、楢(なら)などの広葉樹の葉を巻いて卵を産み付けたもの。虫の名前もオトシブミというそうだが、落ちている葉にばかり注目していたので、中で育つ幼虫や成虫のことは考えもしなかったが、甲虫という虫の姿をぜひ見たいものだ。
河口近くにあった合宿所。今より気温も高くない頃だし、風がよく入るので窓もドアも開けっ放し。今では考えられないような不用心さだが何の問題もないのんびりした時代だった。夜はさすがに戸締り(網戸に鍵をかけるだけだが)をしたが、玄関でがさごそ。昼間に入り込んでいたのか、赤手蟹が鋏をふりふり玄関を這っていた。満潮が近いのか潮のにおいが漂っていた。
たいして降らなかったのにさっさとあがってしまった今年の梅雨。長い本格的な夏の代表的な魚の一つが鱧。ことに京都ではことのほか重宝する魚のようで鱧があれば焼き物、揚げ物、蒸し物、吸い物何でも美味しく調理できる魚と言われる。あの鋭い歯を見たら自分でさばく気は初めから失せるが、骨切りをしないことには食べにくい魚であることも事実。そのために、魚屋さんや料理屋さんには必ず骨切包丁が大切にされてきた。この時期の骨切り包丁は柄が乾く間もないくらいだそうだ。
雨蛙は名前の如く雨が近くなると元気に鳴きはじめる。葉の上では緑色だが木の幹や石垣など環境に合わせて体の色を変化させるところが面白い。
・葛城の雨をうながす雨蛙 (水原秋櫻子)
・鳴く前の喉ふるはせて雨蛙 (伊藤伊那男)
・やや高き枝に移りぬ雨蛙 (長谷川櫂)
・青蛙おのれもペンキぬりたてか (芥川龍之介)
・青蛙ぱつちり金の瞼かな (川端茅舎)
こんど青蛙を見たらぜひ瞼をみてもらいたい。
雨が続いて手持無沙汰な日々が続く。初めこそ溜まっているビデオでも見て…と思うのだが、忙しく出かけている時には気付かなかった汚れや埃が目につくように。まだしばらくは雨も止みそうもなく…気の向くままにカトラリーなどを磨くことにした。
・降る音や耳も酸うなる梅の雨(芭蕉)
・抱く吾子も梅雨の重みといふべしや(飯田龍太)
・梅天に暮れゆく蔓のただよへる(大峯あきら)
5月末ごろ、二三日雨が続くと、梅雨が近いことを思わせる。迎え梅雨とか走り梅雨と呼び梅雨の前触れの意味で、歳によってはそのまま梅雨入りしてしまうこともある。高い梢には白い花が目につく季節でもある。
・いちじくの広葉潮来の走り梅雨(井本農一)
・書架の書の一つ逆しまはしり梅雨(林翔)
・味噌蔵のひしほの匂ひ走り梅雨(松本可南)
など、広葉を打つ雨の音やひしほの匂などに雨の季節の到来を感じ取ることができる
「秋」は実りの時ぐらいの意味だろう、麦が黄金色に熟し収穫を待つ時期を麦の秋とか麦秋という。実は、右に青田、左に黄金色の麦畑が続くようなところが散歩コース。農家の土蔵や長屋門で燕の子育てなども間近で見られるとても楽しみな時期でもある。 ・新しき道のさびじき麦の秋(上田五千石)
・駄菓子屋に空き瓶ひとつ麦の秋(涼野海音) ・麦秋の大土間にある凹みかな(大峯あきら)
薄暑(はくしょ)とは、初夏のころの暑さの事。晴れる日が多く、汗ばむほどになるが、まだ本格的な暑さではない暑さを「薄」の字で表現したところが面白い。明治末期に季語として定着したと歳時記には記されている。
・人々に四つ角広き薄暑かな(中村草田男)
・帯解けば疲れなだるる薄暑かな(古賀まり子)
・生醤油の匂ひて佃島薄暑(今泉貞鳳)
・薄暑光強くあがれる藻の匂ひ(篠沢亜月)
夏本番を前にして風にまだ心地よさを感じられる季節
「山巓(さんてん)」とは山頂、山のいただきのことである。立夏は5月6日頃。ゴールデンウイークが終わりいよいよ新生活も本格的に始まるという人も多いのではなかろうか。
・夏立つや衣桁にかはる風の色(也有)
・竹筒に山の花挿す立夏かな(神尾久美子)
・さざなみの絹吹くごとく夏来る(山口青邨)
・プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷)
・路地に子がにはかに増えて夏は来ぬ(菖蒲あや)
。
近年は桜が散るとすぐに汗ばむような陽気になる。「夏兆す」は「初夏(しょか)」の傍題。「初夏」を「はつなつ」と読み「初夏や・初夏の」と上五で用いることが多い。一方同じ傍題でも「夏兆す、夏初め」は5音なので下五に用いられることが多い。「はつなつの大きな雲の翼かな:高田正子」「江戸絵図の堀の藍色夏はじめ:木内彰志」「松脂の香れる廊下夏兆す:西山ゆりこ」立夏を過ぎた新暦5月、新緑が美しい季節である。
オーストラリア原産の常緑高木のミモザ。銀葉アカシアという名でも呼ばれるのはで葉っぱが銀色に見えることから。黄色い集合花が多数集まり花房をつけて良い香りがする。我が家でも植えていたが根が浅かったのか台風の時風で倒れてしまった。南フランスでは栽培が盛んと聞くがやはりその花の色から明るく日差したっぷりの中で咲く花のイメージが強い花であっる。
・揺れてまた空へ広がり花ミモザ(今橋真理子)
・抱へきれざる明るさに花ミモザ〈日下野由季)
雲雀は麦畑や草むらなど開けた場所の地上に巣をつくる。囀っているかと思うと一転、急降下して草むらに消える。降りたあたりを探して巣はなく賢い雲雀は巣とは少し離れたところに降りるのだそうだ。
一日に何本かしか来ないバスだけれど、雲雀がのどかに鳴く野原でその様子を見ている時間もそう悪くはない。
・雨の日は雨の雲雀のあがるなり(安住敦)
・わが背丈以上は空や初雲雀(中村草田男)
根分とは植物の根を分けて移し植えること。菊や萩などは「菊根分け・萩根分け」と季語にあるぐらい。私と友人はそれぞれの庭で増えた都忘れや桜草、オダマキ、クリスマスローズ等々を持ち寄って育て方などの情報付きで交換し合う。喋っている時間の方が多いのだがそれがまた楽しい。○○さんちから来た植物がお互いの庭でまた株を大きくしている。
摘草の出典は万葉集の雄略天皇の長歌や古今集の光孝天皇の「きみがため春の野に出でてわかなつむわが衣手に雪は降りつつ」の御製を見ることができる。今でも、蓬や芹、嫁菜、土筆など食べられる食材を摘んだり蒲公英や菫など可憐な花を摘む春の楽しい遊びの一つである。まだまだ難無く駆け下りられると思っていた土手だがまてまて、ここで足をくじいてはと躊躇うようになってきた。お尻を着いてずるずる滑り降りるのである。
催事場などで人が入れるほど大きなしゃぼん玉に興じている様子を見かけることがあるが、やはり昔ながらのストローの先から生まれるしゃぼん玉がそれらしく思える。延宝5年(1677年)ころ、初めて江戸でしゃぼん玉やが行商して流行したと言われる。芭蕉が江戸に出て(1672年)素堂らと「江戸三吟集」を刊行した頃。庶民の暮らしの中に俳諧が広まっていったころ。芭蕉さんもしゃぼん玉を目にされていたことだろう。